jscsrevent’s blog

狂犬病臨床研究会の活動を報告します

狂犬病セミナー2022(5月22日開催) 質問に対する回答集

2022年5月22日に開催しましたウェブセミナーには多数ご参加くださいましてありがとうございました。セミナーで寄せられましたご質問につきまして、以下のようにまとめましたので回答させていただきます。なお、私たちはあくまでも狂犬病予防意識の啓発のために集まった者であり、何か権限を持つものではありません。国や自治体の公式な考えや方向性につきましてはそれぞれにお尋ねくださるようお願いします。

 

Q1:日本における野生動物の狂犬病モニタリングは、将来的に行うということでしょうか?

A1:2013年、台湾で野生動物間に狂犬病が流行していることが確認されましたが、それはすでに始められていた野生動物の狂犬病サーベイランスによるものでした。当時、日本では狂犬病のモニタリング体制が整備されていなかったため、2014年に厚生労働科学特別研究事業において、国内で動物の狂犬病検査を実施する場合の標準的な手法を定めるために、対象動物の選定方法等、具体的な内容について検討が行われました。厚生労働省はこの研究成果を踏まえて、「国内動物を対象とした狂犬病検査実施要領」を取りまとめて全国の関係自治体に通知しています(健感発0804第1号)。それ以降、自治体において野生動物のモニタリングの体制整備が進められていると聞いています。

 

Q2:経口ワクチンの有効性はどれくらいでしょうか?

A2: 科学的な知見自体がまだまだ乏しいためお示しするのが難しいところです。野生動物の場合、どれくらい抗体価が上昇したかというのは、経口ワクチンをどれくらい摂取したかということも考慮する必要があり、単純に抗体価を調べることでどれくらい有効か(上昇したか)ということを調査することは難しいのが現状です。一方で、イスラエルの調査では1998年から2004年の間に55%でバイオマーカー(テトラサイクリン)が骨から検出され(つまりワクチンを経口摂取したという意味), 284匹中66匹(23%)で抗体陽転が認められたという報告もあります(Yakobson, B. A., 2006, Developments in Biologicals)。また、striped skunkは抗体価が上がりにくいという報告もあり、動物種によって異なることが知られています(Fooks A. R., 2020 Rabies fourth edition)。

野生動物とは異なりますが、犬ではSPBN GASGAS株の経口ワクチンの摂取後56日目の血清疫学的調査によって約78%がELISA法で抗体陽転が認められたという報告もあります(Umberto M., 2021, Front Vet Sci)。

 

Q3:コウモリというのは、種は特定されていますか?

A3:北米では小型の食虫コウモリが、南米では吸血コウモリで、狂犬病が流行しています。(出典:モダンメディア64巻6号213-219 2018 西園)

 

Q4:日本の野生動物密度は海外並みに多いのですか?

A4:日本国内においても、市街地と郊外で野生動物の密度が異なるのと同様に、海外においても地域ごとにばらつきがあると考えられます。数理的に比較できるデータを当会では持ち合わせておりません。

なお、海外で狂犬病が流行しているアライグマやキツネ等は日本にも生息しています。特にアライグマはかつて輸入された外来種であり、飼育されていたものが逸出や放逐等により野生化し、その繁殖力の強さから生息地域が日本全国に拡大したものです。

 

Q5:日本国内に狂犬病ウイルスが拡大するとしたら、台湾のように犬から広がる可能性が高いのでしょうか?それとも、そこまで推測することは現時点では難しいのでしょうか?

A5:台湾では犬から野生動物に狂犬病が広がったわけではありません。2013年の台湾の事例では、野生のイタチアナグマの間で狂犬病が流行し、ほとんどはイタチアナグマ間で維持されていたと思われますが、一部で他の動物種に伝播したものがあったようです。同年9月には、狂犬病陽性のイタチアナグマに咬まれた飼育犬1頭が経過観察25日目に狂犬病を発症した例が報告されています。(出典:獣医疫学雑誌18(1)11-17 2014 井上ら)現在、イタチアナグマ狂犬病ウイルス株は犬に定着して流行している状況にはなっていません。

 

Q6:日本におけるモニタリングで第3優先種のコウモリは、どの種でしょうか?

A6:「動物の狂犬病調査ガイドライン」(平成25年度厚生労働科学特別研究事業を基に策定)に基づき、各自治体は狂犬病検査を実施していますが、本ガイドラインに示された調査対象動物種の優先リスト(暫定版)においては、クビワオオコウモリ、キクガシラコウモリ、クロアカコウモリ、アブラコウモリ、ウサギコウモリが列挙されています。

 

Q7:国内の野生動物の調査で第1から第3まで優先順位が示されていますが、この優先順位は国内での生息数等を考慮して定められたものなのでしょうか?どのように優先順位を定めたのか教えて下さい。

A7:日本に生息している野生動物のうち、海外で狂犬病が流行している野生動物を第一優先種としています。なお、海外において狂犬病流行の維持には関わりませんが、感染の報告が多い動物種を第二優先種としています。また、近年、極東ロシア、台湾、スリランカでコウモリから新種のリッサウイルスが報告されていることや、コウモリが船舶や航空機貨物等に紛れて侵入する事例のあることを鑑みて、第三優先種にコウモリが加えられています。

 

Q8:アメリカでコウモリ株が定着しない理由については、どのような考察がありますか?

A8:南北アメリカ大陸の多くのコウモリで狂犬病が流行しており、毎年コウモリから感染して狂犬病でなくなったヒトや動物が報告されています。

 

Q9:経口ワクチンは、生ワクチンという理解でおりますが、野外株とワクチン株との区別はどのような手法で行われますでしょうか?

A9:経口ワクチンのほとんどは弱毒生ワクチンになります。これらの多くの弱毒生ワクチンは決められた実験室株(固定毒株)を用いるようにOIEで定められており、そのためワクチン株と野外で流行しているウイルス株の遺伝子配列は異なります。従って狂犬病を発症した動物の遺伝子配列を特定することができればワクチン株との区別が可能になります。なお、別のウイルスに狂犬病ウイルスのG蛋白質を発現させて狂犬病が発症しないワクチンもあります。

 

Q10:西側諸国への野生動物の流行の浸潤を抑えているとのことですが、西側諸国での野生動物や伴侶動物での発生はあまり認められていないと考えていいのでしょうか。

A10:欧米では、犬を中心としたいわゆる都市型の狂犬病は犬への狂犬病予防注射の接種等によりほぼ制圧されたと考えられています。一方、森林地帯を中心に野生動物には狂犬病の流行が続いており、家畜が咬まれて感染する等の被害が発生しています。(最後にかかる出典は、獣医疫学雑誌17(2)132-137 2013 小澤)

 

Q11:アメリカでは狂犬病ワクチンも3年有効だったと思いますが、今後日本国内での対応はどうなるでしょうか?

A11: 3年有効とされているワクチンも最初のワクチンの1年後のブースターは必要で、あとはメーカーの指示に準ずるとのことです(Brown C. M., 2016, J Am Vet Med Assoc)。ちなみにアメリカ国内で流通しているワクチンは32品目あってそのうち11品目が3年有効のようです。一方、日本国内で使用されているワクチンは少なくとも2年間は抗体価が下がらないとの報告(Watanabe I., 2012, Jpn J Infect Dis)もあるのですが、現行の狂犬病予防法では毎年1回の接種が義務付けられていますので、アメリカのように3年毎に行うようになるには、血清疫学的な調査による根拠を集めていくことが必要だと考えられます。